ヴィシー政権
第二次世界大戦中のフランスの政権(1940年 - 1944年)。フランス中部の町、ヴィシーに首都を置いたことからそう呼ばれた。ヴィシー政府、ヴィシー・フランスともいい、この政権下の体制をヴィシー体制と呼ぶ。正式国名は、フランス国(E'tat franc,ais, エタ・フランセ)本国の陸軍は10万人に制限されたが、マダガスカルやインドシナなどの植民地軍はこの制限の適用範囲外とされた。これらの体制は、ナチス・ドイツ側にとっても有効であった。しかしヴィシー政府は30万人に及ぶドイツ軍の駐留費用を支払わねばならず、重い負担に苦しんだ。